とにかく忘れたくない

忘れはしないとは思うけど、記憶が鮮明なうちに残しておきたい。

8月の終わりの月曜日だった。
僕はその日休みを取っていた。日曜日、月曜日の連休だった。
その日何をしてたかというと子供と遊んでた。
母は介護施設に入所していて、世間はコロナの影響で、面会もガラス越しでしかさせてもらえなくて。母は喋れない。高次脳機能障害で意思ははっきりしているんだけど、自分の言葉で伝えることができない。感情失禁と言って、嬉しくても悲しくても子供みたいに泣く。自分で歩くことも出来ないので基本介護ベッドに寝たきりで移動は車椅子。
そんな状態なので面会に行くと施設の職員さん達に余分に手間をかけさせてしまうと思って気が引けてしまうというのはあった。
今から思えばそんなこと気にせずもっと会ってあげたかったよ。
その先週の日曜日妻と子供と面会に行ったのが生きているお母さんに会った最後の日だった。
なんで2連休もしていて会いにいかなかったのだろう。と、とても、とっても後悔している。
 
2連休も終わり、次の日の仕事に備えて23時頃には布団に入っていた。なんかいまいち疲れがとれず明日の仕事憂鬱だなんて考えながら寝たのを覚えてる。
日付が変わり1時過ぎ、その時間に鳴るはずのない携帯が突然なり、ただ、横で子供が寝てるのに起きたらどうすんだよという怒りで目を覚まし携帯の着信を見たら弟だった。嫌な予感がした。
その嫌な予感を抑え込むように苛立ちが出てしまった。
普段なら常識のある大人の弟からこの時間に電話が鳴ったということは非常事態なのだろうと咄嗟に察するのだろうが、なぜかこの時は不機嫌な声を出してしまった。なんか、今から思えばもう僕は一瞬で察してしまったんだって思う。
なんで今なの、なんで今日なの、なんでこんなに早いんだよ!って言うぶつけようのない悲しみが、自分の不甲斐なさが、今日会いにいかなかったという後悔が瞬時に溢れ出てきて、しかしなんとか冷静を保たなきゃという理性と喧嘩して自分の中で処理できず苛立ちに変わってしまったんだと思う。
 
電話の弟は酷く動揺していた。
一方で冷静を保たなきゃという複雑な声を出していた。何か要領を得ないやりとりを続けて、1番重要なところの「お母さんが亡くなったかもしれない、今救急車で運ばれてるんだけど受け入れ先が無いから施設に一度戻る」と言われて、何がなんだか分からなかった。
寝ぼけた頭をフル回転させ、今の弟からの電話で希望を持てる所を必死に探して、亡くなったかもしれないということはまだ大丈夫なんだろうと信じたかった。受け入れ先がなくて施設にもどる??今とる最善の行動がわからなくて、とりあえず何かわかったら連絡してって言って一度電話を切った。
切って間も無く今の弟との電話に全く希望が無いことを理解しはじめて背中の下の方からじんわり重いものに頭を引っ張られる感覚がきて呼吸が苦しくなって喉が乾いてバクバクする心臓でまた弟に電話をかけ直して俺も、俺も今行けばお母さんに会えるの?って聞いて慌てて着替えて車に飛び乗りなんだよこれ信じられねぇって車の中で叫んで、お母さん!お母さん!なんでだよ!って叫びながら車を飛ばして15分位で着いた。
今思えばたった15分で会える距離なのになんで毎日行かなかったのかなあ
 
施設の駐車場に車を滑り込ませると救急車が丁度出て行く所だった。お母さんはこれに乗ってたのかな。
中に入るとロビーの所で弟が待っていて、お兄ちゃん、お母さんまだあったかいよって言われて涙が止まらなかった。
急いでお母さんの部屋に行き、本当に死んでるのかっていうくらいいつもと変わらない顔をしているお母さんの身体にもたれかかってお母さん、本当にごめんね、本当にごめんねって泣きまくった。
何を言っても起きないし、反応もないお母さんを見てさらに涙が止まらなかった。
弟が「お兄ちゃんお母さんまだあったかいよ抱きしめてあげて」っていうから顔を触ったら全然冷たくて、これをこういう時はあったかいってことにするものなのかななんて考えながら必死であたたかいところを探したら脇の下があったかかった。
これが後々に大きな意味があることを知った。
あったかいということは細胞はまだ生きていたのだ。耳は最後まで生きているらしい。
長くなりすぎたので一度区切るが、僕は今まで親の死に目に会えないっていうことがどういうことか全然分かってなかった。遺される人が最後に一目会うのがそんなに大事なのかなって。僕の場合は同じ市内に住んでるから今回のような突然死じゃなければ容態が悪くなったら駆けつけられるじゃないかって、いよいよ悪くなってきたらしょっちゅうお見舞い行けてればそれで充分なんじゃないかって。
もちろん会えるに越したことはないけど、こだわりすぎるとこじゃない。って思ってたんだ。
だけど今回分かったことは、死に目に会うって自分のためじゃないんだよな。これから旅立つ人が1人で寂しく旅立たないようにみんなで寂しくないように感謝を伝えてしっかりお別れしてあげられるようにって事なんだよね。
最後の日を無機質な施設の個室で迎えたお母さん。
寂しかったよね、辛かったよね。
息子2人もいるのに1人で逝かせて本当に本当にごめん。ごめんねお母さん。夜に爪切ってごめんね。